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ES PLANNERS STATION

【第32号】駐車場事業の歴史と環境の変化

 現在、日本は人口減少、少子高齢化が進んでいます。また大きなダメージを与えたコロナウィルス、一向に回復しない日本経済に『日本経済はどうなってしまったのか︕これからどこへ進もうとしているのか︖』と多くの人が見えない未来に漠然な不安を抱え、手探りで方策を求めています。私たちの最大の関心事は、駐車場事業がこれからいったいどうなるのか︖ということです。未来を知るには常に過去の歴史を踏まえ、現在を正面から捉えることが1番です。この視点に立ち、先ずは駐車場事業の歴史に触れ、外部環境の大きな変化を浮き彫りにしたいと思います。

①駐車場事業の起こり
 昭和4年6月15日、東京丸の内の一角に日本で最初の250台収容の ビルガレージ方式の駐車場が誕生しました。6階建て鉄筋コンクリート造の自走式立体駐車場は『丸ノ内ガラーヂ』と命名され、月極と時間貸しを併用した日本で初めての車庫業が始まりました。当時、東京の自動車は1,500台、丸の内に出入りする自動車が400台、その中で自宅に駐車するものが300台、
料金を払って車庫に駐車するものが100台の時代です。その後、『丸ノ内ガラーヂ』は、東京大空襲も乗り越え、昭和39年12月に新東京ビルに移転、地下駐車場として今日に至ります。

②駐車場事業の発展(法整備とモータリーゼーション)
 昭和35年、車社会の到来を想定し、道路における危険防止・交通の安全と円滑道路交通に起因する障害の防止を目的とし、
道路交通法が制定されます。引き続き、昭和37年に『車庫法』が制定されました。これは、自動車の所有者に保管場所を確保し道路を使用しないように義務付けたものです。法を守るために、車の購入時に保管場所を確保し、車で出かけた時は、駐車場に車を停めます。現在、私たちが行っている習慣が法整備と共にスタンダードとなり、そのニーズを満たすために駐車場が供給され、駐車場が事業として成立するようになりました。法整備をきっかけに、車の保管場所として月極駐車場、出先では時間貸し駐車場が求められ、全国で駐車場がビジネスとして広がりを見せ始めました。その後我が国では、昭和39年の東京オリンピック直後からモータリーゼーションが本格的に進んで行きます。一般大衆にも購入可能な価格の大衆車が出現・オイルショック後の石油の低価格化・高速道路の拡張・舗装道路の増加による道路整備など、自動車が利用しやすい環境が整ってきたことなど、多くの要素が絡んでいます。このような環境変化と、日本経済の発展と共に駐車場事業も年々拡大して来ました。昭和41年に800万台であった自動車保有台数は、令和2年まで増え続け8,900万台を超えています。駐車場事業に一番影響を与える、車の台数が増え続けるいい環境であったと言えます。

モータリーゼーションが
本格的に進んだ環境の変化

大衆車増加,低価格化,高速道路拡張,舗装

自動車保有台数の推移

約54年間で約11倍の増加,1966年(昭和41年)800万台,2020年(令和2年)8,900万台

2021年12月吉日


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